僕の気楽飛歩(きらくとんぼ)日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

運転免許証更新

 わが人生最後の受験と位置付けている運転免許証更新のための高齢者講習を受講した。

 1月に受けた認知機能検査結果が「記憶力・判断力に心配ありません」と判定されたので、今回は双方向型講義30分、運転適性検査機材による指導30分を受けた。

 視野検査は20代の平均値より良い。

 静止視力0.9、動体視力0.3…75歳以上からみれば「ふつう」だ。視力については4カ月前の検査で0.6であった。これでは0.7以上でなければ合格しない条件以下だ。眼鏡店で補正してもらおうとしたら「メガネで視力を上げることはできません」と見捨てられた。ならば、眼科医院に行くしかない。

「軽度の白内障と眼の奥の神経を柔らかくしましょう、この程度なら心配いりません免許証がもらえるようになります」

 と医師が二種類の点眼薬を処方してくれた。そのおかげで視力は0・9まであがり免許試験クリアだ。

次は実車指導だ。

 指導員が助手席に座り僕が運転席に着く、乗る前に車の前後を安全確認したあと、運転席に座って直ちに安全ベルトを締めた。バックミラーとサイドミラーの角度を調整してから、「スタートします」と指導員に了解を求めて、再度車の前後左右の安全確認のあと動き始めた。

「スタート前の安全確認は良好です」指導員が褒めた。

 横断歩道のある一時停止線で一旦ストップした。

「歩行者のいない横断歩道では一時停止する必要はありません」

 指導員からチクリ。

「次の三差路で左折してください」

 指導員の指示があった。三差路の手前の停止線で一旦停止したあと、そろりそろりと前に進んで右からの車がないことを確認してから左折した。

「安全確認は良好です」

 指導員に褒められた。気を良くして指示通りに方向転換しながら車庫入れの場所に着いた。

「左の車庫に入れてください」

 最大難関の車庫入れだ。左右後方の安全確認をしてからギアをバックにいれて動かそうとしたが、車にバックモニターがない。

「え、この車にはバックモニターが付いてないんですか」

「そんなものありません」

 指導員はしらっとしている。仕方ないサイドミラーで車の位置と車庫の入り口を確認しながら後退したが、どうも入らないようだ。

「すみませんいちど前へ出してやり直します」

 と申告して前進した。

「さっきのは入っていなかったな」

指導員がポツリ。やり直したのが正しかったのだ。

次も入らない。

「こんなに車庫は狭かったですか」

 ぼやきながら3回目でやっと入った。

「車庫の幅はこの車の倍あるんですよ」

 指導員がチクリ。

 あとはなんなくクリアしてスタート地点に戻った。

 指導員に礼を言って、後方の安全確認したあと下車した。

 教室に帰って、すでに終わっている受講者の話を聞いて驚いた。今日の受講生は皆が70歳から74歳までの人たちだ。

「え、なんで」

 僕の歳を聞いた他の受講生がびっくり。

認知症テストで認知症の心配なしと結果がでたからでしょうね」

「テスト結果が悪かったら講習三時間で金額も7950円になるから大きいな」

僕は5100円の2時間で済むから確かに大きい。

 

ともかく免許証更新の手続きは終わった、あとは発行されるのを待つだけだ。

 

 

 

 

カブト虫が死んだ

 おととしの10月に購入したカブト虫の幼虫が2回の冬眠を経て、今年の4月7日に成虫になった。外来種のため山に放すことも出来ず、カブト虫には気の毒だったが、そのかわりごちそうはたっぷり食べたであろう。

 夕方、塾から帰った孫といっしょに公園の隅に埋めて冥福を祈ろう。

 

新型コロナウイルス

  日本の対応について「医療崩壊防止を最重点とし、ウイルス感染有無を調べるPCR検査さえ制限した」病院での検診を拒否された者が少なからずあったという事実、これは「国民誰しも最良の検査治療を受ける権利」さえ奪ったことになる。

 世界から嘲笑される日本の施策をとった政府の責任はどうなっているのか、あやまちさえ認めない政治を許してはならない。

 

時代劇の夢を見た

 ある藩から幕府へ送る米を五百石船へ積み込んでいる。船の下には米俵を積んだ大八車が並び、港近くにある蔵からも次々と大八車が来ている。その中の一台が船にいかず別の蔵にスッと入った。何者かにかすめ取られたのであり藩としても知らないことであったが、これを目撃した女性が港にいた役人に通報した。ところが受けたのは幕府の役人だったので役人は「藩が盗った」として調べ始めた。藩が盗ったことになれば藩の存亡にかかる一大事である。藩は通報した女性を捕まえて尋問したあと、両手を後ろに結ばれている女性の顔に濡れた和紙を被せて窒息死させた。藩としては女性が幕府の役人に虚言したことにするしかなかったのだ。

 幕府役人の僕は一部始終を見ておきながら、「女性は目撃したばかりに殺された」と分かっていたが何もしなかった。

 幕府も藩も穏便にすますにはこうするしかなかったのだ。

 

 ここ数年テレビで時代劇は観ていない、構成が単純で面白くないからだ。

 こんなに筋書きのはっきりした夢を見たのは実に久し振りであった。

 夢は脳の暴走だということを聞いたことはあるが、いったい僕の脳はどうなっているのだろうか。

 

たかがオセロされどオセロ

 窓からの風がさわやかに感じる季節になった。

 学校の臨時休校は続いている。

 娘はアルバイトに出ているが婿殿はテレワークで朝9時から夕方6時まで部屋に籠っている。

 午前中は2人の孫は勉強しているが、午後はゲームに集中している。

 午後1時から娘が帰宅する2時半まで爺と婆が孫の顔を見に行く。

「爺ちゃんオセロしようか」

 中2になる孫娘の挑戦で今年の戦いが始まった。

「で、去年の結果は13勝12敗で爺ちゃんの勝ちだということを覚えてるか」

「覚えてるよ」

 かくして戦いは始まった。

4月23日 1―3 1引き分けで孫の勝ち。こんなはずではないと、爺はパソコンを相手に猛勉強。

4月24日 4―0 爺の4連勝。

「どうだ爺ちゃんは猛勉強しているからな負けないぞ」と豪語。

 4月27日 1―3で孫の勝ち。

 「爺ちゃんのパターンは読んでいるから楽勝だよ」孫も負けていない。

 4月28日 0―1で孫の勝ち。

 「うー、勉強が足らん」爺が猛反省。

 4月30日 4―3で爺の勝ち。

 「爺ちゃんは夜も寝ないでAI相手にずいぶん勉強しているよ」と婆ちゃんが言った。

 「そうだ、AIの初級なら8割方勝てるようになった」

 5月1日  1―1 引き分け

 「うーん、油断のならない敵だ、爺は猛勉強を続けて上級に勝てるようにするからな覚悟していろよ」

5月2日 爺の4連敗

 敵は恐るべし

 まだまだわが家の名人戦はつづく。

誕生日

76歳になった。

「今のところ」という条件は付くものの健康である。腰痛はストレッチさえしておけば動くことに不自由はない。

 1日1万歩を目標とするウォーキングはほぼ達している

 治療薬

 ・血圧降下剤…アムロジピン錠2・5㎎ 1日2・5ミリグラム一錠

 ・糖尿病治療薬…ジャヌピア錠2.5㎎(インスリンの分泌量を増やし消化管ホルモンの分解を防ぐ)1日1錠

 ・腸を整える薬…ミヤBM錠 1日1錠

 ・頻尿治療薬…シドロシンОD錠4㎎(尿を出しやすくする)1日朝と夕1錠ずつ

        ベタニス錠50㎎(過剰な膀胱の運動を抑える)1日1錠

 さらに目の薬として(6月ころまで)

 ・カリーユニ点眼薬(白内障を抑え瑠)1日3回

 ・ミケランA点眼薬(眼圧を下げる)1日1回

 まさに「寄る年波に 薬増えゆく 年の暮れ」である。とはいえ、血圧は70―135で平衡を保ち、糖尿病の判断基準となるヘモグロビンA1Cは6.5に下がり、その他はすべて許容範囲に収まった。頻尿も排出時の勢いが増し、回数も減りつつある。

 朝、2人の孫から「おじいちゃんお誕生日おめでとう」と電話があり、娘夫婦からは祝い金1万円をくれた。

 女房は赤飯を炊き、お祝いの品はコロナが終息してからとお預けだ。

 

 昨年の12月に中国で発生した新型コロナの猛威は衰える様子もなく、社会は殻に籠り学校は閉まったままである。

 今日現在、世界での感染者数が325万人強、死亡者も23万人を越えた。日本においては感染者1万4000人死者472人に達している。

 世界は暗黒のときを過ごしている。

 今年はゴールデンウイークの帰省も止められている。

 僕も遠出を止めてスーパーモールの外周をウォーキングしているだけだ。

 

 9月の学年新学期説が出ている。新型コロナの影響を負の遺産として残すのではなく新しい制度の導入機会とすることは賛成だ。

ヨモギ風呂

 

 早朝、いつも歩いているウォーキングコースでヨモギを見つけた。よく見ると植え込みになっているツツジの中から沢山出ている。これならお犬さまの排便の影響を受けないだろう、と上部の新芽部分を摘み取った。 それをザルで乾燥させてから風呂にいれた。

 湯に浸かるとヨモギの良い香がするはずであったが、全然しない。

 え?なんで?とヨモギを入れたネットに鼻をくっつけて嗅いだが、まったくしない。

 なんのことはない、己の嗅覚が退化しているのだ。

 風呂あがりにパソコンの前に座っている体がポカポカとあたたかい。

 ヨモギの効果はあったようだ。