僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

僕の歯

「良かったね死ぬまで自分の歯でいけるよ」

 歯科医がうれしいことを言ってくれた。

 今までに抜歯したのは2本だけだから26本は残っている。

 僕が72歳であることを考慮してのことであろうが、やはりうれしい。

 

 幼少年期、祖母は起床するなり外にある井戸端で口を漱ぎ、東の方角に合掌しながら神さまへ挨拶していた、太陽を崇め月を愛でる、自然に対する敬いの気持ちを大切にし神仏を尊崇している祖母の一日の始まりであった。

「顔を洗いや」

 幼いころ、寝起きのまま食卓に着く僕も追い立てられ、すごすごと顔を洗いに外にでた。

 祖母にとって口を漱ぎもしないで食卓につくことは罰当たりであった。

「ご飯を食べてから歯を磨くもんだ」

 僕が祖母の言うことを聞かなくなったのは小学5年生になったころだった。

「そんな罰当たりなことをしてはいけん」

「いいや、食後の後に歯を磨くもんや」

 僕は食後の洗顔を続けた。

 わが家では結晶性の荒い塩を、歯磨き粉の代わりに使用していた。歯と歯肉のために良いからだ。

 食事もカレイの干物のような小魚を多く食べた。

 5年生のころ自分の歯が白くないことに気づいた。同級生の女の子の歯は白いのに僕は象牙色をしている。

 これでは良くないと思った、自我の目覚めだった。

 粉末の歯磨き粉に切り替えたが後の祭りだ。どんなにしつこく磨いても白くならなかった。

 象牙色の歯は生涯の負い目になっているが歯は強い。

「体格もいいが歯もいい」

 中学、高校の集団検診のとき歯科医が言った、虫歯は1本もなかった。

 社会に出て1年後、歯茎が化膿したとき歯医者に行くと、C1が数本出ていた。虫歯の初期だ。直ちに治療をしてくれた。

 現在、多くの歯に金属を被せている、それでも根はしっかり残っているから自分の歯だ。