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僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

 昨夜は夢を見て怒鳴り声をあげてしまった。

 朝になると何の夢だったのかを思い出せない、一声だったが自分の怒鳴り声で目が覚めたから何かに怒ったのだろう。

 夢は脳の暴走だと専門家は言い、過去に起こった事実から来ているとも言うが全く関連づけられない場合もある。

 もう15年も前になるが、田舎でひとり暮らしをしていた母が死去し、通夜、葬儀、初7日すべてを終えて大阪に帰って来た数日後、

決して忘れることのできない夢を見た。

      ☆                      ☆

 玄関の鍵を開けて中に入ると、すぐ前が板の間だった。

 右手の座敷からテレビの大きな声が聞こえている。

 ― あれ、誰もいないはずなのに。

「誰かいるか」

 僕が聞いた。すると、横の部屋からおふくろが出てきた。

「小銭が無い」

 おふくろはガマグチを覗きながらさみしそうに玄関から出て行った。

      ☆                      ☆

 鮮明で筋のしっかりした夢だった。

 そういえば納棺のとき極楽への旅立ちに必要な小銭や履物を入れるべきであったと気づいた。まさに夢にも思わないミスを夢が指摘してくれたのだ。

 長兄へ電話した。

「おふくろの入棺のとき小銭と履物を入れたか」

「いや、そういえば入れてないな」

「昨夜、俺の夢に出て来たぞ、『小銭』が無いって」

「何も入れてない、うっかりしていた」

 長兄の返事だった。

「三途の川を渡る船賃がないのだろう」

 さっそく小銭を届けたい、だがどうすればいいのだ。

 僕はあわてた。

 結局、近くのお寺へ行って小銭6枚を賽銭箱にいれ「どうか母に渡してください」とお願いした。

 

 数年後、叔母が死去した。

 葬儀の日、仕事の都合で参列できない僕は京都に来ていた。

 昼休み、西本願寺の本堂に上がって賽銭箱に小銭6枚を入れ、「どうか叔母に渡してください」とお願いした。

 大本山経由でお金を受け取った叔母はさぞかし驚いただろう。

 生前の叔母の顔を思いだしさわやかな気持ちになった。

 

 ときどき鮮明で筋のしっかりした夢を見る。

 夢のお告げなんて信じる僕ではないが、この夢だけはあまりにも鮮明な夢であったため信じた。

「ここ掘れワン」のような夢を見ないかなとかすかな望みもあるが、そんなことはありえないだろう。