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僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

戦記本

8月5日(金)

 毎年八月に入ると本屋の戦争文学特設コーナーで未だ読んでいない本を探すのが僕の楽しみになっていた。

 現役時代、通勤電車の中で読み続けた戦争に関係する本が四百冊を超え、僕の本棚に並んでいる。

 そのすべてがノンフィクションばかりだ。

 戦争文学を読みあさっているというと、思想的にかたよっていると思う人もいるだろう。だが、日本の領海侵入を繰り返す中国に対しても「出て行け」と負け犬の遠吠えしかできず、武力を使えない国として近隣国から侮られている今の日本では信じられない力をもって、諸外国に歯向かった日本の戦がどのようなものであったのかという疑問から読み続けたものだ。

 戦争に従軍し生き残った将兵が書きとめた本であるから、勝った、強かったというものばかりではない、逃げて隠れて逃げ回って生き残った兵の記録もある。

 

 もう数十年前にもなる八月の初め、僕は南海電車の難波から急行に乗っていた。対面式四人掛けの席で僕のまわりに白い海軍の帽子を被った老人が三人で座っていた。高野山で慰霊祭でもあるようだ、出征中の話が弾んでいた。

「あれは、ひどかったな」

 と僕の正面の老人が言った。

「貴様は渡ったんか、自分は渡らなかったから助かったよ」

 横に座っている老人の話に、

「チンドウイン川ですか」

 僕が思わず割り込んでしまった。

老人たちは、日本軍が徹底的に破れ数万人の死者を出したインパール作戦のことを話しているようだった。

「え?」

 と正面の老人が僕を見つめ「ああ、今はいっぱい本がでているからな」と言った。そして「腐った人間の臭いは今でも忘れん、本ではきれいごとしか書いてないからなー」

 川を渡って逃げ回ったという老人がつぶやいた。自分の経験は本に書けるようなものではないとでも思ったのか話はそれで途切れた。

 

 これも数十年も前の話になる。

 遠戚の通夜で数人が徹夜をしていた。夜もふけて眠くなったころ叔父が戦争の話をはじめた。叔父は駆潜艇の兵で甲板の機銃を担当していたという。

 駆潜艇とは海中に潜む敵の潜水艦に爆雷を投下して駆除する鑑で百人ほどが乗り込んでいた。

「そんなに乗り込んで寝るところはどうしたんですか」

「わずか五百トンの鑑だから寝床は二人に一つだ、二交代制だからそれで十分だった」

「敵に、日本の潜水艦が沈められたというので我々は出港して運よく敵の潜水艦を見つけての、爆雷を投下したら敵さんはかなり痛手を受けたんだろう、浮上してきてお互いが海上で射ち合った。ところが敵の撃った弾は初弾命中だ。我が方の艦長以下士官は全員戦死だ。だから普段は戦闘指揮を執らない機関中尉が指揮を執ってほうほうの体で逃げ帰ったよ」

「その時のことが本にでていますよ、それって、ドイツへ訪問する日本の潜水艦らしいですね、シンガポールからペナンへ向け行く途中ペナン港外で雷撃を受けて沈没した」

「そうらしいな」

「敵はイギリスの潜水艦だったらしいですよ」

 叔父は意外な顔をした。今までアメリカの潜水艦と戦って敗れたとばかり思っていたのだった。

「敵の潜水艦も損傷がひどくて結局廃鑑にしたらしいですよ」

僕が本から得た話をすると、「そうか負けたんじゃなかったのか、あれはひどかったな、戦闘中、『おい!』と横の同僚を見たら首がなかった」と言って口をつぐんだ。嫌なことを思い出したようだ。

 

 八月と十二月に出ていた戦争関連書籍の特設コーナーが数年前からなくなった。

 戦後七十年を区切りとして特設をやめたようだ。

 政府も含めて日本全体が戦争の記憶を消し去ろうとしているような気がしてならない。