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僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

青春時代と三冊の本

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「愛と死」(新潮文庫武者小路実篤

 中学3年のときだった。農協から配られてきた農家向け月刊誌「家の光」に、3ページほどに抄出した小説「愛と死」が掲載されていた。

 主人公「村岡」と親友野々村の妹「夏子」の恋愛小説である。

 出会いから恋に進展していく二人の姿が、とても微笑ましくいきいきと描かれている。

 当時、恋愛ということに大きな憧れを持っていた僕だったから、いつの間にか主人公になりきっていた。

 そんなとき叔父の薦めにより文学の修業でパリへ行くことになった主人公は、夏子と結婚の約束をして渡航した。

 二人は文通により愛を深め合っていたのだが、主人公は帰国の途上船の中で夏子が悪性流感にて亡くなったという電報を受け取った。

 僕は自分の彼女を失ったような衝撃を受けた。

 悲しみで悶々とした一夜を過ごした僕は、兄が机の上に重ねている本の中から「愛と死」の文庫本を見つけて一冊を一気に読み直した。

 この本が僕にとって文学の目覚めであり恋の目覚めでもある。

 以後、恋愛小説を読み漁る日々に突入した。

 

「不如帰」(新潮文庫徳富蘆花

 「愛と死」「友情」と武者小路実篤の小説をひととおり読み終えた僕は、兄の机の上から「不如帰」という本を見つけた。

 題名の読み方さえ分からない僕は、それでも恋愛小説であることを認め「ふじょき」として読んでいた。ところが文語体で漢語らしき文もあって、さっぱり意味の分からないまま、会話を中心に理解できる部分のみをたどりながら読み終わった。

 それでも新婚夫婦の初々しいやりとりと愛の表現が僕の心に残り再度読み直した。今度は難解な文章も少しずつ分かるようになっていた。

 明治の日清戦争の時代、軍人の家に嫁いだ浪子と新郎武男は昔の、家を中心にした封建的な風習に苦しみながらも幸せな結婚生活を送っていたが武男の出征中に浪子は結核を理由に離婚させられ、武男を慕いつつ病院で死んでいくという悲劇である。

死の直前「ああ、つらい、つらい」と泣きながら死んでいった浪子、それは血を吐いて鳴くホトトギスから付けた題名らしいと知った。

 当時の僕にとってこれから迎えることになる恋愛の素晴らしさを思い描く本になった。

 

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風立ちぬ」(新潮文庫堀辰雄

 高校3年の春、土曜日だった。クラブ活動を終えた僕は駅に出たが、僕の乗る汽車の時間までは30分待たねばならなかった。

 ふと僕の好きな恋愛小説を読みたいと思い、ズボンのポケットを探ると40円あった。

 駅前の書店に入って、文庫本の棚に並んでいる本の中から40円で買うことのできる恋愛小説を探していった。そして見つけたのが「風立ちぬ」であった。

 恋人の死を予感し怯えながらも「さあ生きよう」という覚悟と不安から始まる物語も恋人「節子」の死をもって終結するのであるが、文章に悲壮さが薄く、淡々とした気持ちで読むことのできる本であった。

 この本に限っては物語の中に僕がのめりこむのではなく、文章のいたるところで描かれている情景、風景描写が実にすばらしく、僕の執筆の教本となった。

 数年前、購入した文庫本「風立ちぬ」は昭和26年の初版以来の115刷改版であったが、僕もまたこれに劣らず読み続けている。

 

 中学3年のときに出会った「愛と死」以来僕は自称文学少年というほど、多くの本を読み、やがては自分で創作しながら物語のなかにのめり込んでいった。

 高校3年間は創作のなかの女性と恋をし、心満ちた生活を送っていた。

 夏子こそ僕にとって理想の女性像となった。思春期に起こりがちなこのような錯覚を哲学的な言葉があるらしいが、その言葉は思い出せない。

 

 後年、娘が短大生のとき、この3冊の本を買いそろえて「この3冊が僕の心のなぐさめになり人生の友としてきた本だ」と、娘に渡した。

「そう」と神妙に受け取った娘であったが、いつまで経っても読んでいる様子はなかった。

 数年後、いつの間にかその3冊は僕の本棚に紛れ込んでいた。