僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

☆印

 僕のブログに☆が付いた。

 僕にとっては孫のような方からだった。

 うれしいがどのようにお礼したらいいのか分からない。

 さっそくその方のブログを読ませていただいた。

 これからも読ませていただこう。

 

観梅

 

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 朝のテレビで堺市荒山公園の梅が見ごろを迎えているとの中継があった。

 50品種1400本の梅があるという。

「それ行け」

 親しいグループ7人と連絡を取り合って行ってきた。

 花は七分咲きだった。

   もう少しアップで撮りたいと思ったが、僕のカメラではこれが限界だ。

 

 

喰うチャー寝

  朝食の後、ウォーキングに出たが雨が降って来たので一日中家の中。

 僕のことを女房曰く「喰うチャー寝、喰うチャー寝、たまに歩いて、気が向いたらパソコンを視ている」

確かに横になっている時間が増えている。

 

女房を送ってから

 昼ごはんのとき、女房が特老入居者募集のパンフレットを広げた。

 僕が死んだ後のことを考えているようだ。

「娘は看てくれないから1人になったらこういうところに入りたい」

 大切に育てた娘だ、いざとなったら看てくれると思うが女房はそうは思っていない。

 女房の決心はついているようだ。

「爺が死んで1人になったら年金すべてをつぎ込んで特老に入る」と娘に伝えたら「そんなことしなくても娘(孫)を送り込むよ」と娘が言ったらしい。自分は看る気ないということだ。

「自分の方が先に死にたい」

 女房の口癖だ。

 この世から消えるとき願わくば僕より1日でも先に女房を送ってから逝きたい。その方が心残りは無いし、僕なら野たれ死しても構わない。

 

 肩を軽くゆすられて目が覚めると僕は手術台の上にいた。

―あれ、どうしたのかな。

 事情がつかめずきょとんとしている僕。

「2百年ぶりのお目覚めです、ご気分はどうですか」

 僕を起こした医師が言った。多くの医師が取り巻くように僕をのぞき込んでいる。

「2百年間冷凍保存されていたので、あなたの身体はどのように変化するのか分かりません。ですから、しばらく入院していただきます」

 医師の説明を聞きながら、僕の体はどうなっているのだろう。と思った。

「今、あなたの体は2百年前とまったく変わりないと思われます。2百年前、おそらくあなたは百年後に目覚めるつもりで自ら冷凍されたと思われます。ですが冷凍をすることは簡単ですが、生前の体を維持したまま解凍をする技術がなかったため、2百年間も冷凍状態だったのです」

 すると、僕の体はどうなるのだろうか。髪の毛は?顔は?まさか幽霊みたいになるのではなかろうな。

 鬼気せまる幽霊の顔を僕の顔に重ねたとき、目が覚めた。

 

  ☆               ☆               ☆

 もう数十年も前、テレビで「数百年後の世界を見たい」と自ら冷凍浸けになっている人の姿を見たことがある。そのとき、現在の技術では生命を維持したまま解凍することはできない。将来、解凍技術が開発されるまで冷凍状態を保つというものであった。

 このことについて驚いたことを覚えているが、最近はすっかり忘れていたことである。

「夢とは脳の暴走である」と言うが数十年も前に脳裏に刻み込んだことを、突然呼び起こすとは、人間の脳も不可解だ。

 

エアコン切って

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 昨日の夕方、女房が怒っていた。

「外出するときはエアコン切って」

 と言い残して買い物にいった女房の言いつけを、僕がすっかり忘れ点けたまま外出していたからだ。

「だから言ったのに」

 と怒る女房。黙って馬耳東風を決め込む僕。どんなに怒っていても2,3時間経てば平常心に戻る女房だから謝る必要もない。

 今日、外出のため防寒衣を着ようとしたら袖口にプレートが付いていた。

「エアコン切ってね」と書いてある。

「馬鹿にするな」苦笑する僕。

 女房の怒りは自分の夫が老いぼれていくことの現実を受け入れ難い苛立ちである。

 

 

 

僕の歯

「良かったね死ぬまで自分の歯でいけるよ」

 歯科医がうれしいことを言ってくれた。

 今までに抜歯したのは2本だけだから26本は残っている。

 僕が72歳であることを考慮してのことであろうが、やはりうれしい。

 

 幼少年期、祖母は起床するなり外にある井戸端で口を漱ぎ、東の方角に合掌しながら神さまへ挨拶していた、太陽を崇め月を愛でる、自然に対する敬いの気持ちを大切にし神仏を尊崇している祖母の一日の始まりであった。

「顔を洗いや」

 幼いころ、寝起きのまま食卓に着く僕も追い立てられ、すごすごと顔を洗いに外にでた。

 祖母にとって口を漱ぎもしないで食卓につくことは罰当たりであった。

「ご飯を食べてから歯を磨くもんだ」

 僕が祖母の言うことを聞かなくなったのは小学5年生になったころだった。

「そんな罰当たりなことをしてはいけん」

「いいや、食後の後に歯を磨くもんや」

 僕は食後の洗顔を続けた。

 わが家では結晶性の荒い塩を、歯磨き粉の代わりに使用していた。歯と歯肉のために良いからだ。

 食事もカレイの干物のような小魚を多く食べた。

 5年生のころ自分の歯が白くないことに気づいた。同級生の女の子の歯は白いのに僕は象牙色をしている。

 これでは良くないと思った、自我の目覚めだった。

 粉末の歯磨き粉に切り替えたが後の祭りだ。どんなにしつこく磨いても白くならなかった。

 象牙色の歯は生涯の負い目になっているが歯は強い。

「体格もいいが歯もいい」

 中学、高校の集団検診のとき歯科医が言った、虫歯は1本もなかった。

 社会に出て1年後、歯茎が化膿したとき歯医者に行くと、C1が数本出ていた。虫歯の初期だ。直ちに治療をしてくれた。

 現在、多くの歯に金属を被せている、それでも根はしっかり残っているから自分の歯だ。