僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

台風24号

 

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 台風21号では今まで経験したことの無い暴風雨を見てキモを潰した。

「今回も21号と同じ規模で同じコースをたどって来る」という予報だ。

「どうせ大した台風ではない」と過去の経験から高を括っていた21号だった。

 今回は10リットルの水をポリタンクに入れ、停電対策として三食分のゴハンを炊き、パンや即席めんを買った。ランタンにもなる懐中電灯に電池を入れて手元に置いた。風呂の残り湯も流さず溜めたままにした。

万全の対策だ。

 予報では30日の昼過ぎには風雨が強くなると出ていたが、一向に風も雨も降って来ない。

 夕方5時すぎ、外はまだ静かだ。

「台風が小さくなったのか」

 テレビを観るとやはり21号と同じコースを来ている。

 ふと、食卓の上に置いているカップめんを見ると蓋がパンパンに膨らんでいる。

「見て、こんなに膨らんでいる。気圧が下がって来たんだな、もうすぐ来るぞ」

 夜8時すぎ、暴風雨がきたらしい。外は真っ暗だから見えないが音が聞こえてきた。

「でも、今回は大したことないな、これなら木枯らし程度だ」

 わが家からは遠く離れた南紀に上陸した。

 気が緩んできた。

 深夜0時、風音が弱くなった。テレビを観ると暴風雨圏内は通り過ぎていた。

 

 

 

グループウォーキング・大阪べた踏み坂

手前青色の橋がなみはや大橋

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 渡船 上の橋は千歳橋

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 大阪のべた踏み坂として最近人気のある「なみはや大橋」が今回の目的だ。

 地下鉄大阪港駅から徒歩30分で橋にかかる。

 べた踏みとは車のアクセルを床に付くぐらい目いっぱい踏み込むことらしい。

 実際に歩いてみるとそれほど急坂にはみえないが、それでもずいぶん高く上っている。

 大阪港から大阪市の遠望がすばらしく、曇り空で風もあるから気持ちいい。

 10時半には橋を渡り切り、大正区の大型家具店に着いた、ここで今日の予定コースは終わりだ。

「早すぎるな、みんな元気があれば大正駅まで歩かないか」と提案した。

 現在位置から20分(1.7キロ)で渡船乗り場へ行き、無料の渡し船に乗って対岸へ渡り、そこから40分(3.1キロ)で大正駅に着く。

 僕らにすれば楽な距離だ、みんなの賛同を得た。

 コーヒーを飲んで英気を入れた後スタートした。

 渡船から、さきほど渡ってきた「なみはや大橋」が見えている。ここから見るとずいぶん高い橋だ。

「ほら見て、さっき渡ってきた橋が見えるよ」

 なんの変哲もない場所へ連れて来たと思われたくない僕がアピール。

「ほんとだ、ずいぶん高いね」と女性陣。

 船を下りて、歩き始めた。すずしくて気持ちのいいウォークだ。

 ところが半分の距離を過ぎたあたりからメンバーの一人が遅れてきた。

「しんどいか」

「いいえ」

「どこか痛い?」

「いいえ」と応えは来るもののなんか変だ。いつもは上半身をやや前傾に歩いているのに、いやにのけぞってゆっくり歩いている。

「呼吸が苦しいとかはない?」

「なんともない」

 今にも後ろへ倒れそうになっている。本人は気づいていないようだが、心なしか会話に元気がない、虚ろな感じがする。

「とにかく歩くのはやめよう」

 水分を摂り、すぐ近くのバス停からバスに乗った。

   大正駅近くでランチするつもりだったが、気に入ったものがないので天王寺まで帰って、地下街で軽い食事を摂った。

 食事を終えて店をでたときには、平常にもどっていた。

「さっきのはなにだったのだろう、水分不足かな」

「そうかも、マラソンのテレビを観ていて水分不足になった選手がフラフラよろけながら歩いているのを観たことがあるが、あれに似ていたから」

 これが僕らの結論だった。

 もはや、グループでのウォーキングは止めるときがきたのか、不安がよぎった。

 

 

 

来年の手帳を買った

  昨年は年末まで気づくのが遅れたため、好みに合った手帳がなく、値段の割には使い勝手の悪いものだった。

 例年、9月には次年の手帳を売り出すので、さっそく買ってきた。

 来年替わる元号は夏には決定したいと言っていた政府は、くだらん選挙に夢中になって、未だ発表されていない。

 手帳は西暦を主としているから問題ないが元号の欄は空白になっていた。

 

 

平々凡々

 毎日何の変哲もない日を送っている。

 朝6時半起床、朝食のあと1時間のウォーキングで約6000歩、後は

夕方までテレビを観たり寝たりして、夕方4時から約4000歩のウォーキング。

とはいえ、昨日は往復2500歩のところにあるホームセンターで材料を買って机の下に置く2段棚を作った。

 夕方、女房が掃除しているとき、「こんな重い物を置いたら掃除ができない」と怒っていたので、今日もホームセンターへ行きキャスター車輪を取り付けた。

 これで楽々と机の下から引き出すことも可能だ。

 よくできたと満足しているが女房にはあえて言わない。

 「無駄なカネを使って」としか言わないのが分かっているから。

カブト虫

 8月の中旬に「昆虫博」へ行った娘と孫がカブト虫のつがいをもらってきた。入場者の抽選で当たったらしい。

「ほとんどの人がハズレで作り物の昆虫だったけど、僕は当てた」

 と孫は得意そうだが、昆虫の大嫌いなふたりだ。

「作り物のカブト虫にしようと、言ったんだけど、これがいいというもんだから」

 娘も仕方なしに持ち帰ったと言う。

 それでも、昆虫マットと餌のゼリーは買っていた。

「爺ちゃん、カブト虫に餌あげて」

 平日の夕方には電話がくる。

「よっしゃ」

 いそいそと駆け付ける爺。

 オスは元気で動き回っているがメスはほとんど姿をみせない。

「メスは死んでしまったのかな」

 と思っていた。

 9月に入ってしばらくしたとき、

「爺ちゃん、カブト虫変だよ」

 孫からの電話。

 死んでいた。

 孫とふたりで花壇に穴を掘ってつがいのカブト虫を埋めた。

「もう、土も処分してもいいよ」

 娘が言った。

「メスは弱かったから卵は産んでいないと思う」

「もし、卵を産んでいたら、かわいそうや」

 新聞紙を広げて昆虫マットを広げた。 

「いるよ3匹も幼虫になっているよ、図鑑を持っておいで」

 孫が図鑑をひろげた。

「今、生まれて間もないから、5ミリほどしかないけど、来年の春になったら爺ちゃんの手の親指ぐらいになるよ、6月ごろにはカブト虫がでてくる」

それまで、爺ちゃんが預かることにした。

 家へ持ち帰って、幼虫用の昆虫マットに交換し、

「がんばれよ、大切に育てるからな、大きくなれよ」

 と言った。

 これからは、乾燥しないよう気をつけて春を待つ。

 

 

頑固爺

 血圧の薬をもらいに病院に行った。

 受診受付表を入手して担当医の窓口に提出すると、「採血と検尿があります」と看護師から検尿用の紙コップを渡された。

「え、なんで?前回しましたよ」

「前回は二か月前ですから、今回も検査になっています」

「それでは健康診断のための採血ではなくて経過観察みたいな検査だ、嫌です」

 僕は拒否した。

「先生に聞いてみます」

 看護師が診察室に入った。

「今回はいいそうです」

 看護師は気分を害したようであったが、事務的に言った。

 最近、この病院は大して必要のないと思える検査を勧めてくる。経営が苦しいのだろうか。

 それにしても最近の僕は頑固爺になっている。

 

 

テレビの現場取材に思うこと

  強烈な台風のなか外にでて自分の身を危険にさらしながら必死で中継している、あれは必要なのか。

 強烈な風と猛り迫る高潮に膚接して、必死に体を保ちながら叫ぶように報告している。観る者にとっては滑稽にしか見えない。

 数年前、安全第一だ、と自粛したはず。それもいつの間にか無視されている。

 事故が起きる前に、「身の安全を保ちながら取材」するべきである。