僕の気楽飛歩日記

戦中派老人の赤裸々な日記から

グループドライブ・産直市場とバラ園

 

f:id:hidechan3659:20180515195136j:plain

f:id:hidechan3659:20180515195248j:plain

f:id:hidechan3659:20180515195343j:plain

   数日前のテレビでバラが見頃だと知ったので急きょ行くことにした。

 その前に、和歌山県粉河にある産直市場へ行き、農産物を乗用車のトランクいっぱいになるほど買い込んだ。

 バラ園の花咲きファームは大阪府泉南市にある。

 産直市場から花咲きファームへカーナビに電話番号を入れて走った。ところが電話番号は現地ではなく市役所の観光課だったらしくバラ園へ行きつかない、観光課へ電話をして場所を聞くと住所を教えてくれた。ナビに入力して走るととんでもない場所の田んぼに行きついた、行き止まりだ。

「いったいどうなっているの」

 頭にきたが電話して文句を言うのも大人らしくないと気分を落ち着かせ、農作業をしていた男性に聞くと、場所はまったく違うところだと分かった。

 「そこの広い道へ出て突き当りを左に行って粉河方面へ走ったらあるよ」

 実におおざっぱな説明をしてくれた。ところが走るとそのとおりで突き当りを左に行きしばらくすると粉河方面へ行く広い道が見えてきた。そこを右折して5分も走るとバラ園の看板があった。

ずいぶん迷ったがバラは満開で見ごたえあった。

 今回の反省点としてナビに頼りすぎてはいけないということだ。

わが家特製ジュース

f:id:hidechan3659:20180511063637j:plain

 バナナ 30グラム

 リンゴ 30グラム

 小松菜 40グラム

 セロリ 15グラム

 青汁粉末1.5グラム

 豆乳  150CC

  今朝のジュースであるが日によって菊芋粉末やウコン粉末を入れる。

  1年半ぐらい飲み続けている。

  これにより、

  ① 便秘がなくなった

  ② 最低血圧は85から93ほどであったものが73から75ぐらいまでに下がった。ただし、最高血圧に変化はなし。

 僕にはこれほどの効果がでたが医学的な知識に乏しく、何の効果なのかは分からないし、同じジュースを飲み続けている女房には顕著な変化は認められない。

グループドライブ・葛城山のツツジと丹生都比売神社

 

 

 

f:id:hidechan3659:20180510084907j:plain

f:id:hidechan3659:20180510063537j:plain

f:id:hidechan3659:20180510063802j:plain

 今回は5人になったので僕の車で行くことにした。

 朝7時20分、駅で皆と合流し葛城山へ目指した。9時を過ぎると登山ロープウエイが混み、ひどいときには3時間待ちになるになるのでできるだけ早く着きたい。

 雨が降っている、でもやがては晴れになる予報なのでひた走りに走る。

 1時間ほどで乗り場に着いた。

 雨は止んでいるが人出は少ない、雨で出足が遅れているのだろう1本待ちで乗ることができた。

 頂上駅に着くと霧がでていた。

 ツツジも見えない。

「霧は、すぐに晴れるよ」

 僕は皆を慰め、晴れるのを待つことにした。周辺を散策しながら待つこと1時間で霧が晴れてきた。

「うわー」

 歓声があがる。

 一帯を覆いつくすツツジが見えてきた、待った甲斐があった。

 花見をしながらオニギリを頬張る。

 見頃になったことを確認してきたのに僕にしては物足りない。10年ほど前に来たときより本数が少ない。

「今年は、これで最高の見頃です、今年は天候の影響か満開がない、一気に咲かず早いものは花がくたびれているが、下の方ではつぼみもある」

 近くで売店を出している男性が説明してくれた。

 12時過ぎに山を下りた。

「このまま帰るには少し早いな」ということで、世界遺産になっている丹生都比売神社へ行くことにした。

 丹は朱砂の鉱石から採取される朱で、全国の朱の産地にある丹生神社の総本山である。隠れ里と呼ばれるほどの山奥の村にあり、意外と思われるほど大きな神社だ。

 40分ほどで神社に到着、参拝のあと、昨年開通した鍋谷トンネルを抜けて出発点に着いたのは3時半だった。

 

 

 

 

 

えげつないぞ保険会社

 車のバンパー交換費用15万円を保険でカバーしたら、等級が3等級下がり3年間は5万7000円の増額になると連絡がきた。

「20年間も事故なしで高い保険料を払い続けてきたのに、それなら利子付きの分割払いと同じやないか」

 僕が切れ、今度の更改(7月)のときから車両保険を抜くことにした。これなら増額になっても現在の金額より少なくなる。

 

 

ドッヒャー

 朝、精米のため自動精米機のあるJAへ行ったとき、精米機の前でバックさせたらドン‼

 敷地と並行する道との隔離柱(高さ80センチ)に車の左後方をぶつけてしまった。

 バンパーが割れただけで車両本体に異常はなかったが、最近のバンパーは強化プラスチック製で修理不能、交換の必要ありとなった。その費用15万円は自動車保険のお世話にならざるをえない。

   18年前にまったく同じ事故を起こして、バックモニターを付けたのに、またやってしまった。

 孟反省、

「運転免許書を返納する時期がきた」

 僕の言に女房が慌てた。

「まだ早い、もう2,3年は車で遊びたい」

 修理工場、保険会社との交渉に女房が精出している。リタイアして10年以上経っているとはいえ、女房は現役時代自動車保険会社の事故受け付けセンターで働いていた。

「こんなもの事故ではない、バンパーを取り替えたら終わりや」

 女房の鼻息も荒い。

   今日は女房様さまだ。

今日から74歳

 誕生日

 リタイア13年目に突入だ。

  体重65.0㎏、血圧135-73が今朝のデータだ。ただし血圧硬化剤は飲んでいる。

 病気ひとつせず元気にしている。ただし、風邪薬は栄養剤のごとく飲んでいる。

 腰痛はコルセットをしっかり絞めてストレッチさえしておけば2万歩ぐらいは平気だ。

 女房が「4000円が1000円に値下げしていた」と言って夏用ズボンと冬用カッターシャツ2枚買ってきた。これが僕へのプレゼントだ。女房の誕生日には回転寿司に行って2人分の料金を僕が払っただけだから、僕に対してもこんなもんだろう。

 午後小1の孫とお父さんがプレゼントを持ってきてくれた。若夫婦からは1万円と大福2個。

 夜8時、小6の孫娘が携帯で「おじいちゃん誕生日おめでとう」と電話してきてくれた。塾が終っての帰路なのだろう、歩いているらしく息がはずんでいる。

  誕生日だというのに女房と喧嘩状態になった。

 朝食のとき、もう30年ほども前のことを思い出して話しはじめたらし「そんな造り話聞きたくもない」と遮断した。

「いままで、いちども作り話なんかしたことないぞ、そんなことして何の益があるんや」と僕が切れた。

 一日中ダンマリ。

 !! Happy birthdey !! カードをくれたのは 行きつけの自動車販売店、めがねショップとパソコンを購入した家電量販店だけだ。

少年の記憶(3)

 小6の夏休みだった。同級生H君の家近くに発電所ができたということを聞いた。

 彼の住んでいる集落は僕らの集落よりさらに2キロほども山奥へ入った谷川沿いにあった。そこには3軒の民家しかなく途中に民家もないことから、電力会社も電柱を敷くより発電所を作る方が安上がりだったのだろう。

 いつも一緒に遊んでいる友だち3人で見に行くことにした。

 H君の家の前で、大声で騒ぎ遊んでいる子どもの中にH君がいるのを見つけた。

 H君が年長らしく大声で皆を追い回している。

 僕も同行した友だちもわが目を疑った。H君は学校では一言も声を出さなかった。

 授業中も遊ぶときも声を出さなかった。笑うときも声を出さずに笑った。

 4年生の国語の時間だった。1人ずつ順番に音読していた。彼の順番が来たとき、彼は広げた本を持って立ち上がったまま黙っていた。

 普段は指名しても本人が読まないと分かった時点で次の生徒に移っていたのに、その日の先生は強制しようとした。H君は泣き出したが声はでなかった。

 声が出ないのに無理強いしていると思いH君に同情した。同級生皆が、いじめるようなことをせず、そっとしているのに先生がいじめていると思った。

 

 なぜ、声をださなくなったのか、僕には思い当たる節があった。

 小学校の入学式のときを1人ずつ氏名を呼ばれ「はい」と返事して立ち上がっていった。

1人だけ「うん」と言って式場にいた皆がドッと笑った、あの生徒がH君だった。

彼にとってはとてつもない衝撃だったのだろう、以後声を発することはなかった。

 

 家の前で遊んでいたH君は僕らを見つけると急に静かになった。

発電所はどこにできた?」

 僕が聞いた。

発電所?」

 H君は滑らかな口調で僕らに応え、怪訝な顔をしていたが黙って歩き出した。

 納屋の裏に流れている溝に僕らを案内した。谷の奥から水を導く疎水であった。幅と深さは50センチほどで蓋はなかった。水は勢いよく流れていた。

「ここや」

 H君が指さしたのは溝の先端にある犬小屋みたいな小屋であった。

「これで3軒の家に電燈が点いたんやで、電力会社が造ってくれたんや」

 初めて聞く彼の声は小さく優しい声だった。

 小屋に耳を当てるとブーンと静かな音がしていた。発電機が入っているらしい。

 発電所ではなく発電装置だった。大きな電力会社がこんな小さな発電装置を作ることが不思議だった。

 それにしても溝の落差が小さいのに驚いた。この程度の水流で電気が点くということが理解できなかった。

「H君が話しをしたなあ」

 帰路、僕らは感慨深かった。衝撃を受けていた。小学校入学から6年の今まで一言も声を発しない彼を、声が出ないと思っていた。そうではなく自分の意志で声を封じていたのだ。

 

 以後、彼のダンマリは続き卒業式にも声を発しなかった。

 中学生になると返事程度は数回聞くようになったが卒業するまでほとんど声を聞かなかった。

 社会人になった彼はどのような人生を歩んだのだろうか。

 どんなことがあっても決して声をださなかった意思の強い彼のことだ、りっぱな人生を歩んでいることだろう。

 

 今、グーグルアースで彼の家のあった集落を見ると、民家は一軒もなく田畑もすべてが集落ごと山に還っていた。

 グーグルのストリートビューで道をたどろうとしたら、H君の集落のあった谷への入り口が「これより先は私有地に付き立ち入り禁止」の看板がありフェンスで閉鎖されていた。